「これで買ってきて」と、お財布を渡される。
訪問介護で買い物を頼まれれば、必ず来る場面です。
事業所にいたころは、預り金の規程があって、様式が決まっていて、困ったら上司に聞けました。
紛失しても、最終的に責任を負うのは事業所でした。
ところが個人で介護の仕事を受けるようになると、その規程がありません。
お金を受け取った瞬間から、責任は全部こちらに来ます。
この記事は、会社のルールがないところで、自分のルールをどう決めるかの話です。
1. 先に線を引いておく
覚えていただきたいのは、この一本だけです。
| 頼まれるもの | どうするか |
|---|---|
| 買い物1回分の現金 | 預かってよい。ただし記録の残し方を決めてから |
| お財布ごと・生活費のまとめ預かり | 受けない。都度精算に戻す |
| 通帳・キャッシュカード・印鑑 | 預からない。別の制度の話になる |
この線を先に決めておくと、その場で迷わなくなります。
迷いながら受けてしまうのが、いちばんよくない形です。
2. 預かった瞬間、あなたは「他人のお金を持っている人」になる
ここを軽く見ないでください。
お金を預かるという行為は、それ自体は違法でも何でもありません。
ご本人が「お願いします」と言って渡してくださったのですから、頼まれた仕事です。
問題は、あとから食い違ったときです。
疑われるのは、悪いことをしたからではない
「1万円渡したはずなのに」
「私は5千円しか受け取っていません」
この食い違いは、どちらかが嘘をついていなくても起こります。
認知症のある方であれば、数時間後にはご本人の中で本当に別の記憶になっています。
責める相手がいないのに、事実だけがずれていく。
これが現場で起きていることです。
事業所にいれば、あいだに事業所が入ります。
個人で受けていれば、あなたとご本人の一対一です。
そして、ご家族は現場を見ていません。
だから記録を残します。
自分が正直だから大丈夫、ではありません。
正直な人ほど、記録がないと守られません。
3. 信頼される預かり方(そのまま真似できます)
難しいことはしません。毎回、同じ順番でやるだけです。
- 目の前で、声に出して数える。「5,000円、お預かりします」と言いながら数える
- その場で紙に書く。日付・預かった額・自分の名前。2枚書いて1枚を渡すか、書いた紙を写真に撮る
- 財布を分ける。自分のお金と同じ財布に入れない。封筒1枚で十分です
- レシートとお釣りを一緒に、その場で確認しながら返す。レシートだけ、お釣りだけ、を作らない
- 返した記録も残す。使った額とお釣りを、預かったメモの下に書き足す
ご家族が離れて暮らしていれば、月に一度、そのメモをまとめて写真で送っておきます。
聞かれてから説明するのと、先に見せてあるのとでは、受け取られ方がまるで違います。
上限は、自分で決めておく
いくらまでなら預かってよい、という法律上の決まりはありません。
だから自分で決めます。
目安は「その日の買い物に必要な額まで」です。
日用品や食料品なら数千円で足ります。
家電のような高額なものを頼まれたときは、代金そのものを預かるのではなく、ご家族に払っていただくか、ご本人名義で注文する形にします
(このあたりは買い物代行と立て替えの記事で詳しく書きました)。
「まとめて渡しておくから」と言われたら
ありがたい申し出ですが、受けないでください。
まとまった額を持ち続けると、買い物のたびに「今いくら残っているか」を証明し続けることになります。
1回ごとに預かって、1回ごとに精算して返す。そこで区切りがつくから、記録が完結します。
断るときは、自分の都合ではなく相手を守る話として伝えると角が立ちません。
お預かりしたままにしておくと、もし何かあったときに、かえって◯◯さんにご迷惑をおかけしてしまうので。買い物のたびにお渡しいただく形にさせてください。
4. 通帳と印鑑は「別の仕事」です
ここから先が、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
信頼されてくると、必ずこう言われます。
「通帳も預かってもらえない?」
気持ちは分かります。
頼れる人がいないから、目の前のあなたに頼むわけです。
それでも、買い物のお金を預かることと、通帳を預かることは、地続きではありません。
間に制度の壁が一枚あります。
その世界を知っている人の話
受講生に、市民後見人として活動している方がいます(桜井さん・仮名)。
実際に他人の財産を預かる立場にいる方です。
その桜井さんが話してくださった整理が、とても分かりやすいものでした。
| 成年後見(後見・保佐・補助) | 財産管理の契約 | |
|---|---|---|
| 誰が決めるか | 家庭裁判所が選ぶ | 本人と結ぶ契約 |
| 対象になる方 | 判断能力が不十分な方 | 自分の意思で契約できる方 |
| 通帳の名義 | 変更して管理できる | 変更できない |
| お金をおろすとき | 権限にもとづいて手続きできる | 本人に同行してもらうのが基本 |
桜井さんによれば、財産管理の契約で預金をおろす場合、ご本人に同行していただくのが基本だそうです。
ご本人が銀行に行けないとなると、書類や身分証明書の提示を求められ、確認が取れるまでにかなりの手間がかかります。
「契約書があるから自由に動かせる」わけではないのです。
ここを間違えると、誰も守れない
そして、もっと大事な前提があります。
財産管理の契約は、契約の内容を理解して、自分の意思で結べる方が対象です。
判断能力が落ちてきている方の財産を、契約だけで預かるのは、制度の趣旨から外れます。
理由は契約書の中身を見ると分かります。
財産管理の契約には、本人から解除を申し入れられたら、それを受け入れなければならないという前提があります。
ご本人の意思がすべての土台になっているからです。
ところが、判断能力が落ちてきた方の場合、預かった翌日に「なぜあなたが私の通帳を持っているの」となることがあります。
そのたびに解除と再契約を繰り返すことはできませんし、無理に持ち続ければ、今度はこちらが説明できない立場になります。
契約という道具が、その方の状態に合っていないのです。
こういう場合に用意されているのが、家庭裁判所が選任する成年後見(保佐・補助を含む)です。
手続きに時間もお金もかかるので、ハードルが高いと感じる方が財産管理の契約を選ぼうとします。
その気持ちは分かりますが、状態に合っていない仕組みを選ぶと、ご本人もこちらも守られません。
フリー介護士は、いきなりそこへは行かない
後見や財産管理は、フリー介護士の仕事の中では、ずっと先にある応用編です。
桜井さんのように、制度に乗って、監督を受けながらやる仕事です。
個人の善意と信頼関係だけで踏み込む領域ではありません。
頼まれたときに断ることは、冷たいことではなく、その方をきちんとした仕組みにつなぐということです。
5. 抱えずに、つなぐ
「できません」で終わらせないために、つなぎ先を知っておいてください。
これが言えると、断ったあとの空気が変わります。
- 日常生活自立支援事業(社会福祉協議会)。判断能力が不十分になってきた方の、日常的なお金の出し入れや通帳の預かりを支援する仕組みです。ただしこちらも、契約内容を理解できる力があることが利用の条件です
- 成年後見制度。判断能力が不十分な方について、家庭裁判所が選任します
- 地域包括支援センター・担当のケアマネジャー。まずどこへ相談すればよいかを一緒に整理してくれます
「私はお預かりできませんが、こういう仕組みがあります。よかったら一緒に地域包括に聞いてみませんか」
この一言が言えるかどうかが、個人で仕事を受ける人の専門性だと思っています。
抱え込む人ではなく、正しい場所につなげる人が信頼されます。
全て自分でやろうとしないことも大切です。
6. まとめ
- 買い物1回分の現金は預かってよい。手順を決めてから受ける
- 目の前で声に出して数え、その場で紙に書く。財布は自分のものと分ける
- レシートとお釣りは一緒に、確認しながら返す。返した記録も残す
- ご家族には聞かれる前に見せておく
- まとめ預かりは受けない。1回ごとに区切る
- 通帳・カード・印鑑は預からない。ここから先は制度の話
- 断って終わりにせず、社協・成年後見・地域包括につなぐ
個人で仕事を受けるということは、守ってくれる規程がなくなるということです。
だから自分でルールを決めて、毎回同じようにやる。
その積み重ねが、結局いちばん強い信頼になります。
フリー介護士として仕事を受けるときに、何を決めておけばよいのか。
7日間の無料メール講座で、その順番からお伝えしています。
出典
この記事は2026年8月時点の情報にもとづく一般的な内容です。制度の運用は自治体や実施機関によって異なります。個別の判断が必要な場合は、地域包括支援センター・社会福祉協議会・専門家にご相談ください。記事中の「桜井さん」は仮名で、具体的な事例ではなく制度の一般的な考え方として整理しています。

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