「フリー介護士に興味はあります。でも、うちは副業禁止なので」
フリー介護士養成講座の説明会や相談会で、いちばん多く聞く言葉です。
その方は、やりたくないわけではありません。
色々と調べていますし、話も聞きに来ています。
それでも、就業規則の一行が思い浮かんで、そこで止まってしまう。
「気にしなくて大丈夫ですよ」と口で言われても、気になります。
毎日通っている職場の話だからです。
この記事は、その一行をどう扱えばいいのかを整理したものです。
本稿は介護の仕事をしている方に向けた記事です。介護サービスを受けたいご家族向けではありません。
1. 結論:勤務時間外に何をするかは、原則としてあなたの自由です
先に結論を書きます。
就業規則に「副業禁止」と書いてあっても、それだけで動けなくなるわけではありません。
理由は単純です。
あなたが会社に売っているのは、会社が定めた勤務時間内の労働力だけだからです。
勤務時間以外の時間まで会社に売った覚えは、誰にもありません。
だから、勤務時間外に何をするかは、原則としてあなたが決めることです。
これは私の意見ではなく、国の整理です
厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」という文書を出しています。
そこに、こう書かれています。
労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であること
裁判所がずっと取ってきた立場を、国がそのまま文章にしたものです。
同じガイドラインには、会社側に向けた一文もあります。
裁判例を踏まえれば、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当である。
禁止していい、とは書いていません。
認める方向が適当だ、と書いてあります。
2018年に、国はお手本そのものを書き換えました
ここが大きな転換点でした。
厚生労働省は「モデル就業規則」という、会社が就業規則を作るときのお手本を公開しています。
2017年12月まで、そのお手本には「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」と書かれていました。
多くの会社の就業規則は、これを写しています。
ところが2018年1月、国はこの一文を削除し、正反対の条文に差し替えました。
現在のモデル就業規則第70条の第1項は、こうです。
労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
ガイドラインにも、この改定がはっきり書かれています。
厚生労働省が平成30年1月に改定したモデル就業規則においても、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。」とされている。
そして、この条文は今も生きています。
モデル就業規則は毎年のように更新されていて、最新版は令和7年12月版です。
いちばん新しい版でも、第70条はこの一文のままです。
8年前に一度書き換わって、そこから一度も戻っていません。
つまり、今も「副業禁止」と書いてある就業規則の多くは、国が8年前にやめたお手本を、そのまま使い続けているということです。
古い本を写したまま、更新していないだけの場合が少なくありません。
なお国は、副業・兼業を「認めてもよい」ではなく「促進する」という言い方をしています。
ガイドラインの冒頭には、人生100年時代を迎え、若いうちから自らの希望する働き方を選べる環境を作っていくことが必要である、という趣旨が書かれています。
止める側ではなく、進める側に立っているということです。
2. 会社が止められるのは、次の4つの場合だけです
ただし、何をしてもいいという話ではありません。
例外があります。
ガイドラインは、会社が副業・兼業を禁止または制限できる場合を、次の4つに整理しています。
- 労務提供上の支障がある場合
- 業務上の秘密が漏洩する場合
- 競業により自社の利益が害される場合
- 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合
逆に言えば、これ以外の理由で止めることはできません。
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。
この4つを、介護の現場の話に置き換えてみます。
法律の一般論としてはよく見かけますが、介護の仕事で具体的に何に当たるのかは、あまり書かれていません。

① 労務提供上の支障がある場合
介護でいえば、夜勤を詰め込んで、本業でミスをすることです。
夜通し別の仕事をして、寝ないまま職場に行く。
そして日中の業務に支障が出る。
これは会社が止められます。当然だと思います。
避け方も、はっきりしています。
勤務のない日・勤務時間外に、無理のない量だけ引き受けることです。
本業に穴を開けない範囲でやる。
それだけで、この項目には当たりません。
② 業務上の秘密が漏洩する場合
介護でいえば、利用者さんの情報を持ち出すことです。
住所、連絡先、家族構成、心身の状態。
事業所の記録にあるものを、外に持ち出して使う。
これは一発で該当します。
避け方は、職場で知った情報をいっさい使わないことです。
頭の中にあるものも含めて、です。
この点は3章でもう一度詳しく書きます。
③ 競業により自社の利益が害される場合
介護でいえば、今の職場の利用者さんを、自分のお客さんにすることです。
4つのうち、介護職がいちばん引っかかりやすいのがここです。
しかも、悪気なく起きます。
いつも担当している方から「あなたに個人でお願いできないかしら」と言われる。
嬉しいですし、その方も困っている。
だから受けてしまう。
けれど会社から見れば、自社の利用者を職員が引き抜いたことになります。
会社が売上を失い、あなたが得をした形になる。
ここは、はっきり該当します。
なお、その場で断る必要はありません。
やることは一つで、職場に確認することです。
詳しくは利用者さんから「個人でお願いしたい」と言われたときにまとめています。
④ 名誉や信用を損なう/信頼関係を破壊する行為がある場合
介護でいえば、隠していて、あとから発覚した場合です。
ここが見落とされがちです。
多くの方は「副業がバレたら怒られる」と考えています。
けれど問題になるのは、副業そのものではありません。
隠していた、という事実のほうです。
黙ってやっていたことが後から分かると、中身が正しかったかどうかは、そのとき誰も見てくれません。
「他に何を隠しているのか」という話になります。
そして、この4つ目だけは、自分の行動で完全に避けられます。
先に言っておけばいいだけだからです。
4つとも、避けられます
並べ直してみてください。
- ①は本業に穴を開けなければ当たりません
- ②は職場の情報を使わなければ当たりません
- ③は今の職場の利用者さんに声をかけなければ当たりません
- ④は先に相談しておけば当たりません
4つとも、あなたが選べる範囲の話です。
会社が止められるのはこの4つだけで、その4つはこちらで避けられる。
これが「副業禁止と書いてあっても動ける」ということの中身です。
ちなみに、国はこの4つを広げて使わないよう、会社側に釘を刺しています。
モデル就業規則の解説には、就業規則の規定を拡大解釈して必要以上に制限することのないよう、適切な運用を心がけるように、という趣旨が書かれています。
「うちは禁止だから」の一言で全部を止めるのは、国が想定していない使い方です。
3. いちばん危ないのは③です。職場で知り合った方には、絶対に声をかけない
ここだけは、絶対のルールにしてください。
今の職場で知り合った利用者さん・ご家族に、自分から声をかけない。
理由は、会社に怒られるからではありません。
法律と省令の両方に引っかかるからです。
事業所の職員には、省令で守秘義務がかかっています
訪問介護の運営基準を定めた省令に、こう書かれています。
指定訪問介護事業所の従業者は、正当な理由がなく、その業務上知り得た利用者又はその家族の秘密を漏らしてはならない。
義務を負っているのは事業所だけではありません。
「従業者は」と書いてあります。
つまり、あなた個人にも直接かかっている義務です。
さらに、利用者さんの氏名・連絡先・心身の状況は個人情報保護法上の個人情報でもあります。
事業所に預けられた情報を、自分の仕事のために使う。
これは、会社から見れば漏洩です。
辞めたあとも、この義務は消えません
ここは意外に知られていません。
同じ省令の第2項には、事業所は「従業者であった者」が秘密を漏らさないよう必要な措置を講じなければならない、と書かれています。
退職したら自由に声をかけていい、という話ではないということです。
「独立してから前の職場の利用者さんに連絡すればいい」と考える方がときどきいます。
そこは、やめておいてください。
だからこそ、表でやる方法をつくったほうがいい
こう書くと、道が塞がれたように感じるかもしれません。
逆です。
裏でやる道が塞がっているから、表でやる意味があります。
職場に相談して、了解を得たうえで受ける。
あるいは、職場と関係のないところで、新しくご縁をつくる。
この2つは、どちらも何の問題もありません。
問題があるのは、黙って職場の利用者さんを連れていく道だけです。
4. 届け出る法律上の義務はありません。それでも、相談してください
よく聞かれます。
「副業をするとき、会社に届け出なければいけないのですか」
法律に、副業を届け出よという規定はありません。
勤務時間外は原則としてあなたの時間ですから、当然といえば当然です。
ただし、就業規則に届出のルールがあるなら、それには従ってください
ここは正確に書きます。
「法律上の義務がない」ことと、「就業規則を無視していい」ことは別です。
国のモデル就業規則も、第70条の第2項で労働者からの届出を前提にした作りになっています。
つまり国が想定しているのは、「黙ってやる」ではなく「届け出て、問題がなければやる」という形です。
お勤め先の就業規則に届出や許可の手続きが書かれているなら、まずそれに沿って動いてください。
そして、義務がなくても相談してください
ここからは、法律の話ではありません。
私からのおすすめです。
フリーの仕事を考えているなら、動く前に、信頼できる上司や責任者に伝えてください。
理由は2つあります。
一つ目は、隠していた事実そのものが不利な材料になるからです。
2章の④で書いたとおりです。
何も悪いことをしていなくても、黙っていたというだけで、人は悪く受け取ります。
二つ目は、先に話しておくと、あとで揉めたときに立場が強いからです。
「誰々さんに相談したうえで動いています」と言える状態と、何も言っていない状態では、まったく違います。
何と伝えるか
言い方で、返ってくる答えが変わります。
「副業してもいいですか」とは聞かないでください。
それは許可を求める形になり、相手は「規則ですから」と答えるしかなくなります。
こう伝えてください。
いま、介護の仕事を個人で受ける働き方について勉強しています。
将来的にはそういう形もやってみたいと考えています。
勤務時間外の話ですし、今の職場の利用者さんに声をかけるつもりはありません。
先にお伝えしておきたくて。
この言い方には、4つが入っています。
- 許可を求めていない(報告と相談の形にしてある)
- 勤務時間外だと明示している(本業との切り分け)
- 競業しないと自分から言っている(いちばんの懸念を先に消している)
- 隠していない(④に当たらなくなる)
相手がいちばん心配することを、こちらから先に潰しておく。
これだけで、話の流れが変わります。
だからと言って、会社と喧嘩をしろとは言いません
ここは強くお伝えしておきます。
この記事は、会社と戦うための材料ではありません。
「国が促進しているんだから禁止は違法です」と言い返すために読むものではありません。
そんなことをしても、いいことは一つもありません。
あなたが毎日通う職場です。
そこの人間関係を壊してまで急ぐ話ではありません。
知っておいてほしいのは、必要以上に怖がる理由はない、ということだけです。
落ち着いて、順番に、筋を通して進めればいい。
それだけのことです。
5. 「労働時間が」と言われたときの答え方
相談したときに、こう言われることがあります。
「掛け持ちされると、うちの労働時間の管理に影響が出るから困る」
これは言いがかりではありません。
実際にそういう法律があります。
雇われて掛け持ちすると、労働時間は通算されます
労働基準法第38条第1項に、こう書かれています。
労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。
そして「事業場を異にする場合」には、会社が違う場合も含まれると解釈されています。
つまり、A社で正社員として働きながらB社でパートをすると、両方の労働時間を足して残業や36協定の話をすることになります。
会社が身構えるのは、ここです。
ところが、個人事業主として受ける場合は通算されません
ここが、フリー介護士という働き方の大きなところです。
ガイドラインには、通算されない場合が具体的に列挙されています。
次のいずれかに該当する場合は、その時間は通算されない。
・ 労基法が適用されない場合(例 フリーランス、独立、起業、共同経営、アドバイザー、コンサルタント、顧問、理事、監事等)
「フリーランス」「独立」「起業」と、そのまま書かれています。
理由は簡単です。
雇われていないからです。
労働時間という考え方は、雇われて働く人のための決まりです。
自分の事業としてやっている活動は、そもそもそこに入りません。
だから、こう答えられます
雇われるわけではなく、個人事業主として仕事を受ける形です。
労働時間には通算されませんので、こちらの勤務管理には影響しません。
これは感情論ではなく、国の文書に書いてある話です。
会社にかける負担は、法的には小さい。
そう言い切れます。
なお、通算されないからといって働きすぎていいわけではありません。
ガイドラインにも、就業時間が長時間にならないよう配慮することが望ましい、と書かれています。
①の「労務提供上の支障」に戻ってしまっては、元も子もありません。
6. それでも「だめだ」と言われたら
その答えも、いったん受け止めてください。
確認したうえで待つのと、黙って始めるのは、まったく違います。
相談した事実は残ります。
その事実が、次に動くときのあなたを守ります。
そして、ここから先は別の話になります。
「いまの立場では難しい」というのは、立場が変われば違うということでもあります。
事業所に所属したままでは受けられない仕事があります。
けれど、事業所を離れて個人で介護の仕事を受けるという働き方であれば、その依頼は普通に受けられます。
会社を辞めることを勧めているのではありません。
断られたことをきっかけに、働き方そのものを考え始める方が、実際にいらっしゃいます。
7. まとめ
- 勤務時間外に何をするかは、原則としてあなたの自由です。会社に売っているのは勤務時間内の労働力だけです
- 国は2018年1月にモデル就業規則を書き換えました。今のお手本は「勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」です
- 会社が止められるのは4つの場合だけ。労務提供上の支障・秘密の漏洩・競業・信頼関係の破壊です
- 4つとも、こちらで避けられます。本業に穴を開けず、職場の情報を使わず、職場の利用者さんに声をかけず、先に相談する
- いちばん危ないのは競業です。職場で知り合った方には絶対に声をかけない。この義務は退職後も消えません
- 届け出る法律上の義務はありません。ただし就業規則に手続きがあれば従ってください
- 義務がなくても相談してください。隠していた事実そのものが、あとで不利になります
- 個人事業主として受ける場合、労働時間は通算されません。会社にかける負担は法的に小さいと言えます
- 会社と喧嘩をしろという話ではありません。必要以上に怖がる理由はない、というだけです
最後に、もう一度だけ。
就業規則の一行を理由に、何年も動けないままでいる方がいます。
その一行は、国が8年前にやめたお手本の写しかもしれません。
まずは、読み直して、聞いてみるところからです。
実際に個人で仕事を受け始めると、お金や実費の扱いで迷う場面が出てきます。
利用者さんのお金を預かるとき、交通費・ガソリン代の決め方、事業所や会社と業務委託契約を結ぶときに、それぞれまとめています。
事業所を離れて働くという選択肢について、順を追ってお伝えしています。

勤務時間外の副業は国の推進策
出典
- 副業・兼業|厚生労働省
- 副業・兼業の促進に関するガイドライン(平成30年1月策定/令和2年9月改定/令和4年7月改定)|厚生労働省(PDF)
- 副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説(令和7年3月改定版)|厚生労働省(PDF)
- モデル就業規則(令和7年12月版)第14章 副業・兼業 第70条|厚生労働省(PDF)
- 副業・兼業と労働条件|確かめよう労働条件|厚生労働省
- 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)第33条 秘密保持等
この記事は2026年8月時点の情報にもとづく一般的な内容です。就業規則の定めや副業・兼業の可否は事業所ごとに異なりますので、実際の判断は必ずご自身の勤務先にご確認ください。個別の労働トラブルについては、お住まいの都道府県労働局の総合労働相談コーナー、または弁護士・社会保険労務士などの専門家にご相談ください。記事中の事例は、ご本人が特定されないよう内容を一般化しています。


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